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■ラーメン屋に出来ることをしよう!■ 肝心の食べ物に関しては全国から寄せられている救援物資の中には食べ物も多く、食べる物自体には困っていないのが現状です。しかし、パンやおにぎりなど腐ってしまうものを先に食べてしまわないといけないため、同じものを食べてばかりいることになってしまうのだとか。その他、食事は3食自衛隊による炊き出しで賄われていますが、夕食の配給時間が午後4時頃で、夜に温かい食べ物が食べられない方(とくに町外にお勤めに出られている方など)が多いのだそうです。そのような現状から、川口町の中心地でもある川口地区で温かいラーメンを夜に差し入れてもらえないかと川口町役場の方に請われ、早速差し入れの実現に向けて動き始めました。先方から指定された食数は700食分。現地の現状から、水やガス、全ての必要な資材や食材をこちらから持っていかなければなりません。そこで各お店が普段からお付き合いのある業者さんや知り合いの方に声をかけて、今回の経緯と趣旨を説明して、それぞれの立場で出来ることをご協力いただけないかと打診しました。そして私たちが驚くほど本当にたくさんの皆さんの善意が集まって、今回の炊き出しが実現出来ることになりました。 ■千葉から新潟・川口町へ■ 今回差し入れを行った川口町川口地区はJR越後川口駅と信濃川の下流魚野川に挟まれた地域で、町役場が置かれている中心地です。そしその川口町の現状は想像を越えるものでした。私たちが現地に入ったその日にも震度5弱の余震があり、先月末より余震が絶えず落ち着かない日々を過ごされている川口の人たち。実際に被災者の方たちに夜のラーメン炊き出しを呼びかけながら、色々とお話をさせていただきました。皆さん地震に遭われた不幸を乗り越えて、元気に前向きに頑張ろうとされていることがひしひしと伝わりました。店主の方たちは実際に被災地を歩いて一人一人の被災者の方たちと触れ合う中で、より美味しいラーメンを出そうという思いを強く持ったそうです。 ■実際に現地で見た状況■ ■元気のある炊き出しをしよう!■ 7時から予定されていた炊き出しでしたが、夕方4時過ぎ頃から炊き出し現場となる川口町商工会館前には多くの人たちが集まり始め、役場の方から早めに始められるなら始めて欲しいとの話があって、午後5時20分から炊き出しを開始しました。松井氏が全体を統括し、厨房では増田氏が麺上げを担当、池田氏がスープ、榊原氏が具の盛りつけ、拉通川崎氏と魂麺まつい山西氏、増田家スタッフなどが3人をサポートしました。田代氏は寺子屋有志の方とともに並んでいる被災者の方への対応と、それぞれが連携された布陣でスムーズな炊き出しが出来ました。並んでいる人たちの顔ぶれを見ると、小さな子どもから若い人、そして年輩の方まで幅広い年齢層。しかもその場で食べる人もいれば、お盆でテント分のラーメンを持ち帰って食べる人と状況も様々。そこで味の濃さや麺の硬さなど、細かいオーダーに応えることにしました。「お待たせしました!」「ラーメン上がります!」と大きな声が厨房から響き、被災者の方たちの列からは「麺固めでね!」「大盛り出来る?」「味薄目にしてね」などのオーダーの声や、笑い声が絶えませんでした。遠いテントにいる方たちには出前も行いました。そして皆さんスープを残さず最後まで飲んで下さり、次々と「ありがとう!」「おいしかったよ!」と元気な声をかけて下さいました。避難生活の間に温かいラーメンを食べられるとは思わなかった。熱い気持ちが伝わってきて嬉しかった。皆さんがそう言って下さっただけでもこの炊き出しはやった意味があったと思いました。全ての炊き出しが終了したのが午後8時前。事前に700食程度と要請を受けていた杯数とちょうどピッタリでした。 ■皆さんの熱い思い、ありがとうございました■ |
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■炊き出しを終えて■ 「今までラーメンイベントという形で、色々な場所でラーメンを提供してきましたが、今までとは全く違う達成感と感動がありました。一人一人の被災者の方から心のこもった感謝の言葉をいただいたのが何よりも嬉しくて、逆にこちらが感動して目が潤んできました。今回地震が起こった時に、何かラーメン屋として出来ないことはないかと思い今回やって来ましたが、実際来るまでに、被災地の状況などは出来るだけ想像しないようにしていたんです。テレビなどでそのような光景を見るのも苦手で、目を背けてしまっていました。しかし実際に現状を見たら、想像出来ないほどのあまりにもひどすぎる光景で…。家が完全につぶれていたり、墓石がひっくり返っていたり…。こんな状況の中で炊き出しのお手伝いをするのに、どのようにしたらいいのか考えました。しかしイベント前に役場の方や自衛隊の方、被災者の方たちと話をさせていただいて、状況は悲惨なのだけれど、皆さん元気を持って生きていらっしゃることを知り、ラーメンを炊き出す時にもいつものように元気に明るくやろうよ、とメンバーと話し合って決めました。結果として、私たちと被災者の皆さんで元気を分け合った、伝え合った炊き出しになったのではないかと思います。初めてのチームで臨んだわけですが、どの店主もさすがでオペレーション的には問題なし。お待たせはしたと思いますが、スムーズに炊き出しのお役に立てたのではないかと思います」(松井一之) 「川口町に向かう途中震度5の余震もあり、正直不安な気持ちで現地入りしました。そして実際に町の中を歩いてみて、思った以上のひどさに驚きました。テレビなどでは決して伝わらないひどさ。テントの中で生活をされている人を見て、不謹慎ながらも戦場のように感じ、ここが同じ日本なのか?と思いました。それと同時に、同じ日本に住む者として、一人一人が役に立てることや自分が出来ることをやろうぜ!と思いました。僕らは今回ラーメン屋として、被災者の方に温かいラーメンと元気くらいしか届けられませんでしたが、ラーメンをお出しして、人の温かさに触れることが出来ました。皆さんスープまで飲みきって下さって、本当の笑顔や本当の心のこもった「ありがとう」という言葉を受けて、心に伝わってくるものがたくさんありました。中には涙を流して何度もありがとうと言って下さる方もいて、こちらにもぐっと来るものがありました。ラーメンしか作れない僕らが、少しでも被災者の皆さんのお役に立てたのであれば嬉しいです」(増田和啓) 「今回皆で被災地の方の役に立とうよ!という気持ちで炊き出しのお手伝いに来ました。実際に来てみてよかったです。被災地の姿や、被災者の皆さんの顔色、生の声は来てみないと分からないですね。この酷さは絶対に伝えなければならないこと。現実は本当に酷い、しかし被災者の方たちは皆元気、というよりも現実を受け止めた中で元気に過ごそうとされている。このことは自分たちにも言えることだと思うんですね。毎日の生活や現実を受け止めて、それでも元気に頑張らなければならない、とここに来て教えられました。逆に明日からの仕事にやる気をいただけた気がしました。ラーメン店主が集まって一つのラーメンを作ったわけですが、個人技はいらない、皆で頑張ろうという気持ちで厨房に立ちました。自分は特に初めてだったので、いっぱいいっぱいでしたが(笑)チームワークはよかったと思います。千葉でラーメン屋をやっていてよかったというか、千葉でラーメン屋をやっている意味があったなという瞬間でしたね」(榊原一則) 「一番最初は、我々なんかが行っていいのかな、ご迷惑にならないかなと少し不安に思いましたが、実際に被災地まで来てみて、遠くから来た甲斐があったと思いました。炊き出しのお手伝いは、生まれて初めての経験でしたが、美味しく食べていただけるかが心配でした。崩れてしまった家屋や、畑の中でテント暮らしをされている方など、テレビで見るのとは違う生々しさに触れ、被災者の方たちともお話する中で、この人たちのために一生懸命ラーメンを作ってあげなければいけない、という気持ちを改めて持ちました。被災者の皆さんに喜んでいただけたのが何よりでした」(池田経雄) 「まず無事に炊き出しのお手伝いが出来てよかったですね。何よりも自分が思っていた以上に皆さんが喜んで下さったのが嬉しかったです。僕は被災者の皆さんと直接お話をしたり、冗談を言ったりしていたのですが、皆さん引かないで自分についてきて下さった(笑)。元気をいただいて嬉しかった、と感謝の言葉を色々な方から言われたことが本当に嬉しかったです。被災地の状況は想像よりも悲惨な状態で、被災者の方と話をして分かったのですが、町中で見た外見以上に中は酷いのだそうです。建物としては建っていても、中がめちゃくちゃだったり。そんな中で少しでも喜んでいただけたのなら、行ってよかったと思います」(田代浩二) |
