川口町炊き出しお手伝いのご報告

■ラーメン屋に出来ることをしよう!■
 大晦日の「千葉魂」イベントに向けて、イベントに参加する5人の店主は連日試作や打ち合わせを繰り返していました。ちょうどその時に起こった「新潟県中越地震」。連日報道される被災地の様子を見ていて、自分たちにも何か出来ることはないだろうかと、今回の大晦日イベントの売上げの一部を義援金として寄付すると同時に、店頭で義援金の募金活動を行うことを決めました。と同時に被災地の新潟県に電話で連絡を取り、義援金以外にも何か出来ることはないかを打診しました。現地とのやりとりの中で、震源地でもある北魚沼郡川口町の復旧が遅れていることを知りました。現在川口町では倒壊した建物の検査が全て終わっておらず、家に戻るどころか片づけすら出来ない状態で、町全体で2000名もの方が避難所生活を余儀なくされています。ライフラインは電気に関しては一部を除いて復旧していますが、ガスや水道に関しては復旧に向けた初期検査を全力で行っている段階で、特に下水道に至っては未だ点検状態のため、トイレは全て仮設トイレを使用するしかない状況だとのことでした。

 肝心の食べ物に関しては全国から寄せられている救援物資の中には食べ物も多く、食べる物自体には困っていないのが現状です。しかし、パンやおにぎりなど腐ってしまうものを先に食べてしまわないといけないため、同じものを食べてばかりいることになってしまうのだとか。その他、食事は3食自衛隊による炊き出しで賄われていますが、夕食の配給時間が午後4時頃で、夜に温かい食べ物が食べられない方(とくに町外にお勤めに出られている方など)が多いのだそうです。そのような現状から、川口町の中心地でもある川口地区で温かいラーメンを夜に差し入れてもらえないかと川口町役場の方に請われ、早速差し入れの実現に向けて動き始めました。先方から指定された食数は700食分。現地の現状から、水やガス、全ての必要な資材や食材をこちらから持っていかなければなりません。そこで各お店が普段からお付き合いのある業者さんや知り合いの方に声をかけて、今回の経緯と趣旨を説明して、それぞれの立場で出来ることをご協力いただけないかと打診しました。そして私たちが驚くほど本当にたくさんの皆さんの善意が集まって、今回の炊き出しが実現出来ることになりました。

■千葉から新潟・川口町へ■
 11月8日(月)朝6時。5人と各店のスタッフ、寺子屋の生徒さんたちや、ガス会社の方、ボランティアスタッフは松戸市五香のらーめん寺子屋に集合しました。700人分のラーメンを作るために必要な全てのものをトラックに詰め込みます。現地では水が使えないため、こちらから持っていく水はスープに使う分だけではなく、野菜を洗ったり麺を茹でたり調理に使用する水も含まれ、ポリタンクに使用する水を小分けしてトラックに詰め込みました。ガスも使えないため、プロパンガスのタンクを何本も持っていきました。そして朝8時に五香を出発、当初は三郷インターから外環道を経て関越自動車道へ入り小出インターから国道17号を使って川口町に入るルートを予定していました。しかし移動途中に再び新潟地方を襲った余震。目的地の川口町では震度5弱を観測した大きな余震によって、関越道が一部通行止めになってしまい、六日町インターでの下車を余儀なくされてしまいました。現地は大丈夫なのだろうか、現地までの一般道は通行出来るのだろうか、現地とも連絡を取りながら国道17号を北上していきました。北へ向かうにつれて、片側車線しか通行できない箇所が増えて渋滞になっていきます。途中、電車の線路が土砂で埋まっていたり、架線がなぎ倒されていたり、今回の地震の大きさをあらためて感じながら移動を続けました。そして川口町に入り、中心部の川口地区へと向かいました。 

 今回差し入れを行った川口町川口地区はJR越後川口駅と信濃川の下流魚野川に挟まれた地域で、町役場が置かれている中心地です。そしその川口町の現状は想像を越えるものでした。私たちが現地に入ったその日にも震度5弱の余震があり、先月末より余震が絶えず落ち着かない日々を過ごされている川口の人たち。実際に被災者の方たちに夜のラーメン炊き出しを呼びかけながら、色々とお話をさせていただきました。皆さん地震に遭われた不幸を乗り越えて、元気に前向きに頑張ろうとされていることがひしひしと伝わりました。店主の方たちは実際に被災地を歩いて一人一人の被災者の方たちと触れ合う中で、より美味しいラーメンを出そうという思いを強く持ったそうです。

■実際に現地で見た状況■
 電気に関してはほとんど回復していて問題はないそうですが、一部の地域では未だ電気がない場所もありました。またガスは全く復旧出来ていないので簡易ガスコンロなどを使うしかないそうです。3回の食事については自衛隊が担当していて、避難所の中にグループが形成されていて「食事担当」の方がグループ分を取りに行ったり、あるいは自衛隊の方たちが直接テントにまで食事を運んだりしているようです。ちなみにこの日のお昼ご飯は「おでん」(一人分がパッキングされている市販のレトルト品をお湯で温めていました)でした。自衛隊は避難所近くに給食部隊を配置している他、魚野川の河川敷にキャンプを張って被災者支援をしています。千葉の松戸からも自衛隊が参加しており、「松戸の湯」と称したお風呂のサービスを男女一日おきで実施している他、なんとマッサージのサービスもやっていました。また川口町と東京狛江市が友好都市の関係にあるようで、狛江市が積極的に支援活動をしていたり、ドコモが携帯無料充電サービスと緊急用電話サービスを実施していました。子供達はこの日より学校が再開されていましたが、実際は登校は任意になっているようで、話をした中学生などほとんどの子が自主的に欠席していました。また休んだ場合も公欠扱いになるのだそうです。ガスに関しては未だ復旧のための初期検査状態で、金属探知器を使ってガス管などの場所を調べているレベル。東京ガスからの応援なども受けて町のあちらこちらで検査をしていました。水道は一部復旧しているようで、避難所の近くにある消火栓を利用した簡易水道が出来ていました。家屋をはじめとする建物は市の検査が一つ一つに入ります。そして「危険」「要注意」「検査済」の3種類のチェックが入ります。この検査作業が終わらないと片づけや復旧作業すら出来ないのだそうです。一見普通に見える建物が、よく見ると2階部分しかなく1階部分が完全に潰れていたり、斜めになってしまっていつ崩れてもおかしくないような建物もあったり。残念なことに半壊している家屋のほとんどは古い建物がほとんどでした。グシャグシャになってしまった家の隣にある、ここ数年に建てたような家にはヒビすら入っていない、といった状況も多々ありました。立入を禁じられている家に住んでいた人は、自衛隊のテントなどで生活をされていました。当初は魚野川の河川敷に建てられていたテントですが、川の増水の危険性が高くなり、現在は堤防を越えた町中にテントが移されています。川口地区では保育園などの園庭や役場の駐車場などにテントが張られていました。テントの屋根だけでは寒さを防げないのか、青いビニールシートを屋根にかけているテントが目立ちました。

■元気のある炊き出しをしよう!■
 せっかく食べていただくのだから、やはり出来合のものではなく、手作りの美味しいラーメンを食べてもらいたい、と現地に入って持参した水を寸胴に入れて一からスープを仕込みました。ベースは丸鶏、豚バラ肉などの動物系素材に香味野菜。タレはチャーシューを漬けた醤油ダレ。油はスープから出た鶏油を別に取って加えました。具は豚バラ肉のチャーシューにホウレンソウ、ネギ。全ての方が炊き出しの現場で食べるわけではなく、お年寄りなどテントで食べる方も多いことから、麺も茹で伸びしない麺になるように製麺所の方にお願いして特注で打っていただきました。ラーメンの味わいはあっさりした醤油ラーメン。シンプルでオーソドックスな中華そばタイプにしたのは、やはり食べる方たちの年齢層や最大公約数的な美味しさを求めた結果でした。また被災地での炊き出しは経験がないので、どのような接客、どのようなテンションで炊き出しをしていくか検討した結果、被災者の皆さんが元気になって貰えるように声を出して高いテンションで行こう、ということで一致しました。

 7時から予定されていた炊き出しでしたが、夕方4時過ぎ頃から炊き出し現場となる川口町商工会館前には多くの人たちが集まり始め、役場の方から早めに始められるなら始めて欲しいとの話があって、午後5時20分から炊き出しを開始しました。松井氏が全体を統括し、厨房では増田氏が麺上げを担当、池田氏がスープ、榊原氏が具の盛りつけ、拉通川崎氏と魂麺まつい山西氏、増田家スタッフなどが3人をサポートしました。田代氏は寺子屋有志の方とともに並んでいる被災者の方への対応と、それぞれが連携された布陣でスムーズな炊き出しが出来ました。並んでいる人たちの顔ぶれを見ると、小さな子どもから若い人、そして年輩の方まで幅広い年齢層。しかもその場で食べる人もいれば、お盆でテント分のラーメンを持ち帰って食べる人と状況も様々。そこで味の濃さや麺の硬さなど、細かいオーダーに応えることにしました。「お待たせしました!」「ラーメン上がります!」と大きな声が厨房から響き、被災者の方たちの列からは「麺固めでね!」「大盛り出来る?」「味薄目にしてね」などのオーダーの声や、笑い声が絶えませんでした。遠いテントにいる方たちには出前も行いました。そして皆さんスープを残さず最後まで飲んで下さり、次々と「ありがとう!」「おいしかったよ!」と元気な声をかけて下さいました。避難生活の間に温かいラーメンを食べられるとは思わなかった。熱い気持ちが伝わってきて嬉しかった。皆さんがそう言って下さっただけでもこの炊き出しはやった意味があったと思いました。全ての炊き出しが終了したのが午後8時前。事前に700食程度と要請を受けていた杯数とちょうどピッタリでした。

■皆さんの熱い思い、ありがとうございました■
 
700食分の麺を提供して下さった製麺屋さん、チャーシューやスープ用の肉類を提供して下さった精肉屋さんに、具となる野菜を提供して下さった八百屋さん、700食分の和菓子を提供して下さった和菓子屋さん、炊き出しに必要なガスとスタッフを提供して下さったガス会社の方、搬送用のトラックを安く貸して下さったレンタカー会社の方、手拭いやTシャツなどを提供して下さった業者さん、早朝出発の私たちのためにお休みのところを店を開けて朝食を用意して下さった定食屋さん、現地までのスムーズな移動を可能にして下さった松戸市役所の皆さん、受け入れ先となった川口町役場の皆さん、そして移動するガソリン代や私たちの食事代などの経費を援助して下さったたくさんの方たち、メールや電話で激励の言葉を下さった皆さん…。今回の炊き出しは、そんなみなさんの気持ちが集まって出来たことでした。この場を借りて熱い気持ちを寄せて下さった全ての方たちに感謝いたします。ありがとうございました。そして川口町で被害にあった方たち、未だ避難生活をされている方たちの力に少しでもなれればという思いで、今後も募金活動など出来る限りの活動を行っていこうと思っています。

■炊き出しを終えて■

「今までラーメンイベントという形で、色々な場所でラーメンを提供してきましたが、今までとは全く違う達成感と感動がありました。一人一人の被災者の方から心のこもった感謝の言葉をいただいたのが何よりも嬉しくて、逆にこちらが感動して目が潤んできました。今回地震が起こった時に、何かラーメン屋として出来ないことはないかと思い今回やって来ましたが、実際来るまでに、被災地の状況などは出来るだけ想像しないようにしていたんです。テレビなどでそのような光景を見るのも苦手で、目を背けてしまっていました。しかし実際に現状を見たら、想像出来ないほどのあまりにもひどすぎる光景で…。家が完全につぶれていたり、墓石がひっくり返っていたり…。こんな状況の中で炊き出しのお手伝いをするのに、どのようにしたらいいのか考えました。しかしイベント前に役場の方や自衛隊の方、被災者の方たちと話をさせていただいて、状況は悲惨なのだけれど、皆さん元気を持って生きていらっしゃることを知り、ラーメンを炊き出す時にもいつものように元気に明るくやろうよ、とメンバーと話し合って決めました。結果として、私たちと被災者の皆さんで元気を分け合った、伝え合った炊き出しになったのではないかと思います。初めてのチームで臨んだわけですが、どの店主もさすがでオペレーション的には問題なし。お待たせはしたと思いますが、スムーズに炊き出しのお役に立てたのではないかと思います」(松井一之)

「川口町に向かう途中震度5の余震もあり、正直不安な気持ちで現地入りしました。そして実際に町の中を歩いてみて、思った以上のひどさに驚きました。テレビなどでは決して伝わらないひどさ。テントの中で生活をされている人を見て、不謹慎ながらも戦場のように感じ、ここが同じ日本なのか?と思いました。それと同時に、同じ日本に住む者として、一人一人が役に立てることや自分が出来ることをやろうぜ!と思いました。僕らは今回ラーメン屋として、被災者の方に温かいラーメンと元気くらいしか届けられませんでしたが、ラーメンをお出しして、人の温かさに触れることが出来ました。皆さんスープまで飲みきって下さって、本当の笑顔や本当の心のこもった「ありがとう」という言葉を受けて、心に伝わってくるものがたくさんありました。中には涙を流して何度もありがとうと言って下さる方もいて、こちらにもぐっと来るものがありました。ラーメンしか作れない僕らが、少しでも被災者の皆さんのお役に立てたのであれば嬉しいです」(増田和啓)

「今回皆で被災地の方の役に立とうよ!という気持ちで炊き出しのお手伝いに来ました。実際に来てみてよかったです。被災地の姿や、被災者の皆さんの顔色、生の声は来てみないと分からないですね。この酷さは絶対に伝えなければならないこと。現実は本当に酷い、しかし被災者の方たちは皆元気、というよりも現実を受け止めた中で元気に過ごそうとされている。このことは自分たちにも言えることだと思うんですね。毎日の生活や現実を受け止めて、それでも元気に頑張らなければならない、とここに来て教えられました。逆に明日からの仕事にやる気をいただけた気がしました。ラーメン店主が集まって一つのラーメンを作ったわけですが、個人技はいらない、皆で頑張ろうという気持ちで厨房に立ちました。自分は特に初めてだったので、いっぱいいっぱいでしたが(笑)チームワークはよかったと思います。千葉でラーメン屋をやっていてよかったというか、千葉でラーメン屋をやっている意味があったなという瞬間でしたね」(榊原一則)

「一番最初は、我々なんかが行っていいのかな、ご迷惑にならないかなと少し不安に思いましたが、実際に被災地まで来てみて、遠くから来た甲斐があったと思いました。炊き出しのお手伝いは、生まれて初めての経験でしたが、美味しく食べていただけるかが心配でした。崩れてしまった家屋や、畑の中でテント暮らしをされている方など、テレビで見るのとは違う生々しさに触れ、被災者の方たちともお話する中で、この人たちのために一生懸命ラーメンを作ってあげなければいけない、という気持ちを改めて持ちました。被災者の皆さんに喜んでいただけたのが何よりでした」(池田経雄)

「まず無事に炊き出しのお手伝いが出来てよかったですね。何よりも自分が思っていた以上に皆さんが喜んで下さったのが嬉しかったです。僕は被災者の皆さんと直接お話をしたり、冗談を言ったりしていたのですが、皆さん引かないで自分についてきて下さった(笑)。元気をいただいて嬉しかった、と感謝の言葉を色々な方から言われたことが本当に嬉しかったです。被災地の状況は想像よりも悲惨な状態で、被災者の方と話をして分かったのですが、町中で見た外見以上に中は酷いのだそうです。建物としては建っていても、中がめちゃくちゃだったり。そんな中で少しでも喜んでいただけたのなら、行ってよかったと思います」(田代浩二)

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